最初からキャンセルするつもりで恋愛する気はない

自分は独身だが、人を愛したことはある。それが実りはしなかった、というだけだ。

「彼女がいない」より、「惚れない」ことのほうが深刻なのでは? - シロクマの屑籠では、彼女云々ってそもそも人に惚れたことあるの?って話で、そもそも一方的に惚れられようなどとは「それ何てエロゲー?」

ま、しかし、惚れるからには責任を持って惚れろとも思う。自分の恋が実らなかったからといって彼女を嫌いになるかというとそんなことはない。彼女には惚れるだけの魅力があった。いいところも悪いところも知った上で、それでもトータルで好きなのだ。今更なにがあったところで嫌いになんかなれない。

そんなわけで、今でも彼女に何かあればできる限りのことをしてあげたいと考えている。もっとも、何かあっても僕を頼るような人でもないし、今の僕に出来るのはただ祈るぐらいのものだが。

さて、キャンセルがない前提で人に惚れるとなると、迂闊に人を好きだとか付き合うとか言い出せないわけで、それが健全化と言うといささか奥手が過ぎるとも思う。

ところで、自分は本気でしか人に惚れることができないから、一生涯にわたってその人を愛し続けるだろうが、現に恋は実っていないわけで、ならば一生涯独身を貫くのか?という考えに至るのはまたごく自然だろう。

一発勝負で失敗したら二度めがないというのはそれはそれで不健全だ。

しかし、そうすると、独占的に排他的にただ一人のみを愛せよ、というのは論理的不合理を伴う。これを合理化するには、「一生愛する」と誓ったことがそもそも間違いで、それはその時の気の迷いでキャンセルします、とするのか、独占的に排他的に人を愛するということが間違っているとするのかのどちらかになる。

最近は、別に独占しなくても排他的でなくとも構わないかなぁと思っている。自分の惚れた人が自分といるよりも他の誰かといるほうが幸せになれるとして、自分の欲の為に彼女に相対的に不幸になってくれ、とは言えない。

自分は、独占する気もされる気もなくなってしまった。だからことさら彼女なんてできないだろう。作る気もないのだから。

まぁでも、子供は欲しいわけで、その点でだけ困っている。