マッチョ論と高速道路

エンジニアの未来サミットでは結構マッチョ論が多く出ていて、自分のことは自分でなんとかしろ的な結論になっていたんだけど、それはある意味では正しく、そしてその結論はある意味では間違っている。

■ これだとIT業界のスーツ人材足りなくなるんじゃないか

今回は「エンジニアの未来サミット」で、「IT業界の未来サミット」ではないので話がずれるかもしれないのですが、「技術を理解しようとしないスーツ(マネジメント)」の問題が取り沙汰されていました。これには「エンジニアがアプローチしてスーツを変える」とか、「エンジニア出身者がマネジメントやる」とかもあるでしょうが、文系スーツが現在のような形で量産されていくとしたら、この問題は解決されないと思うのです。

要は「文系にとってIT業界があんま魅力的じゃないんじゃね?」という話と「文系ITになるとほっとくと技術理解しないでエンジニアと意識乖離してっちゃうんじゃね?」という話。後者に対する問題意識は前エントリ「プログラミング能力をつけるための高速道路を造りたいという話」を書いたときにも思っていたことです。

「それは経営の問題」と言われると思います。その通りだと思います。とはいえ問題意識がある以上どうにかしたくなるわけでw次回行われるであろう「アルファギークVSIT業界重鎮」の会でぜひ話題にして頂きたいところですw

エンジニアの未来サミットで学生役してきた - タムケンブログ

技術者が、自分個人のことをどうするか、という話であれば自己責任論となるのは仕方ないと思う。技能習得は人に代わってもらうことはできないのだから、自分でどうにかするより仕方がない。

かといって、経営的視点から考えた時に、んじゃ、みんなどうにかして育ってってんじゃダメだろう。天然ギークの品質は得られないかもしれないが、ギークを養殖する必要がある。エンジニアの未来サミットではそっちの話題は出なかったなぁ。

技術を理解しないで技術者を管理できると思うのも大きな誤りだけども、管理する人なしで会社が回ると考える技術者がいるならそれも大きな勘違いだ。会社組織というのはいろんな役割の人がいないと回らない。そしてその役割をするのに必要な技能と言うものがある。

その技能がレアでなければ、外から募集して拾ってくるでも供給できるかもしれない。でも、それではおいつかないなら養殖するより仕方あるまい。