SIerは金融業

内製者が技術力を外に求めてどうする、というようなことを。

お前は彼らより歩合のいい給料をもらってんだぞ、と。外注と仲良く開発させるために雇ってんじゃねえよ、と。外注と同じ仕事しかしないなら今すぐ辞めて外注になれ、とね。

http://d.hatena.ne.jp/yuripop/20081021/p1

高級車に使われる特殊な部品は、小さな町工場で作られていたりする。
人工衛星に使われる特殊な部品は、小さな町工場で作られていたりする。
ロケットに使われる特殊な部品は、小さな町工場で作られていたりする。


外注だからこそ、専門性を持った特殊な仕事をすることができるという側面がある。だが、特殊な部品を作れる世界に名をはせるような町工場では自動車を生産することはできない。人工衛星やロケットを生産することはできない。

自動車産業というのは総合力であって、一部のとんがった能力というのは、そればかりを専門でやるような下請け会社に敵うわけがない。では自動車会社は無能かと言うと違う。自動車会社はそうした町工場が作るようなパーツを数万と集めて組み立てることを考える能力がある。


では、IT業界はどうか。


いわゆる上流工程というのは、全体のトータルの設計を行える能力が求められる。その際、フリーエンジニアのとんがったプログラミング能力に頼っても構わない。下請け会社に依頼しても構わない。

DBのチューニングはDBの専門家に任せるべきだし、ネットワークのチューニングはネットワークの専門家に任せるべきだし、複雑な科学計算が必要ならそれをできる専門家に任せるべきだ。設計は建築士よろしくアーキテクトに任せてもいい。

それらの全体を管理するには相応の資本がいる。

受注金額に占める保険料率

プロジェクトには失敗の可能性が付きまとう。あまたのプロジェクトをこなす中で、プロジェクト失敗の際のリスクを引き受ける責務がある。

そのため、保険のような考え方が必要になってくる。システム開発を10億で受注して原価が8億かかりました、2億の儲けです、これを元請け会社の利益として社員で分けましょう、というわけにはいかない。

システム開発の成功率は30%とも言われる。
70%は納期の遅延やコストの増大などを引き起こす。


SIerにはこの部分のリスクを保険的な考えでカネを積立ておき、引き受けるという金融的な仕事が求められる。

システム開発の原価 + (原価 × 保険料率)

のぶんだけの費用を客先に請求して初めて会社の利益が±0になるわけだ。
そして、成功率30%というのは、相当に高い保険料率を必要とする。これが発注金額に対してSIerの取り分が多く見える理由の一端である。


自分は税理の専門家ではないが、たぶん、この保険分の積立は、年間を通じて余ったとすると経理上は「利益」扱いになると思う。保険の原資として翌年に繰り越すとしても、法人税40%*1を取られるはずだ。積み立て分の40%が法人税で取られることも含めて考えれば保険料率はより高くなる。

ちゃんとした計算は経理の専門家にでも聞いてもらいたい。たぶん、ロケットで衛星を打ち上げる際に衛星に掛ける保険の料率よりも高くなる。

欧州宇宙機関ESA)のアリアン5で6.5%、米アトラスで6.6%、中国の長征で7.9%、ロシアのプロトンで10.3%

http://www.chosunonline.com/article/20080428000038

保険金の不払い

保険を生業とする場合、利益を上げるには保険金の支払いが発生する場合に約束の保険料を払わないという詐欺的行為を行うのがてっとり早い。

宝くじでも競馬でも構わないが、当たった人には配当を出す。売り上げからこの配当金をさっぴいた分から経費とかを引いてトータルを黒字にしないと儲からない。競馬は配当は売上の75%、宝くじは売上の50%だ。この支払いを拒否すれば巨額の金額が懐に転がり込むことになる。

保険金の不払いというのは、そういうことで、当たったら配当出しますよ、といって馬券を買わせ、当たっても配当を出さないというのと等しい。
これは詐欺だが儲かる。


システム開発においてSIerの取り分には保険料が含まれているという話は前述の通りだが、いざシステムが失敗になったときにその保険金支払いを行わず外の会社に押し付けたというのがIBMスルガ銀行の事件である。

宮城県仙台市にある中堅ソフトウェア企業が2008年10月中にも破産手続きに入ることが明らかになった。関係者によると、同社は地元銀行のシステム開発案件で、IBMから06年7月に約2億5000万円で受注。IBMと金融関係の業務を請け負うのは初めてだったが、IBMからは問題ない、といわれたという。08年1月にシステムの本稼動が始まってから約3億5000万円の追加費用の支払いを求めたが、「手のひらを返したように」(関係者)、IBM からこれを拒否されたという。

この中堅企業は開発の規模が膨らんだ時点で、追加支払いの約束をIBMがしたにもかかわらずこの約束が果たされなかったとして、IBMを相手取った訴訟を準備していた。ただ、IBMとの取引で4億円近い負債を抱えたことが引き金になり、2008年6月に民事再生法の適用を受けている。

日本IBMで何が起きているのか 訴訟続発に下請けとのトラブル : J-CASTニュース

保険の胴元であるはずのSIerが保険金の支払いを渋り、下請けに押し付けたという構図。ならその保険料率分をこっちによこせ、と下請け会社は言っていい。

荷物の量がよくわからないからトラックの台数あたりいくらで支払います

下請け発注の中で最悪なのは員数主義の人月単価だ。

IT業界は仕事の量・質を計測するのが難しい。ステップ数なんてものが当てにならないのは周知の事実だ。客観的に計測できるモノサシというのは業界の悲願と言っていい。


100tの荷物を運ぶ仕事を請け負ったが、荷物の量ではなく、使用したトラックの延べ台数でお金を払うよという契約だと思ってもらえばいい。
効率を考えれば大型免許を持った運転手を雇って10tトラック10台で運ぶところだが、延べ台数に対してお金が支払われるのだから普通免許を持った人を安く集めて軽トラック(最大積載量は350kg)を300台使って運んだ方が売上が30倍に伸びる。
だったら安く人を集めて軽トラック運転させるよね、というのがIT業界のブラック企業、奴隷商人のやっていることなのである。

効率を下げるほどに利益が上がる契約形態でどうして効率を上げると思うだろうか。労働の牛歩戦術が最大利益を生むなら、みんな牛歩のように歩む。IT業界での残業時間が異常なのは、仕事をせずに時間を稼ぐのが一番利益を得られる契約形態になっているからだ。

まとめ

  • 町工場の技術力なめんな
  • SIerが町工場的な下請け会社に発注すのは正当
  • SIerがその金融的な役割を果たすために、受注金額から相応の保険料率をとることは正当
  • ただし、スルガ銀の件のような保険金未払いで下請けにかぶせるのは詐欺
  • 下請けに発注するのに頭数いくら方式はやめろ
  • IT業界で残業時間が異様に長いのは労働の牛歩戦術が最大利益を得られる契約形態が横行しているから

*1:法人税率は30%だが、法人住民税が法人税額の17.3%(30%の法人税にかかるから実質5.19%)と法人事業税が7.2%がかかる。いろいろあって利益の約40%が税金として持っていかれる。「法人税率」と「法人税の実効税率」との違いは?