まさかそのオチはないとは思うが

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20081102/1225594386で、挙げられている仮説が面白い。

それは、そういう思考停止する人たちは、まさに論破されるためにそういう状態に陥ったのではないかということです。つまり、「MASTERキートンの兎」が、狩りの初心者に狩られるためにそうした状態に陥るのだとするならば、思考停止した人たちは、誰かからバカにされるためにそうした状態に陥るのではないかということです。そうして、兎があたかも狩られるために存在するかのように、思考停止した人々は、誰かからバカにされるために存在するのではないかということです。

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20081102/1225594386

そして、関連としてhttp://d.hatena.ne.jp/aureliano/20080920/1221886981を挙げている。このエントリは私に対して書かれたもので

その時ぼくは、この世の身も蓋もない真実というのを一つ知った。それは、人間の中にも噛ませ犬のように誰かを引き立たせるために、あるいは闘牛のように誰かに屠られるためだけに生まれてきた者がいるのだということを。

そしてブロガーの中にもそういう人がいる。id:Nagiseだ。

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20080920/1221886981

と名指し頂いている。

ちなみに、この生贄エントリが書かれたのはお互いの意見の食い違いは何からくるのかを議論しようとしたら仲裁に入られた - プログラマーの脳みそが書かれた直後である。そのエントリでは議論とは何かを書いていた。その際に引用したのがhttp://d.hatena.ne.jp/aureliano/20080919/1221753236の一節で、私はそのようなテクニックは議論なんかじゃないよ、ニホンザルのマウンティングみたいなことを成功させるためのテクニックでしかないよ、と指摘したのだった。

その仮説は無敵論法に陥っていないだろうか?

id:aurelianoは私を思考停止しており論破されるために存在する兎なのだと思っていると思われる。あるいはhttp://d.hatena.ne.jp/aureliano/20081030/1225376346で言うところの「うすらバカ」なのかもしれない。

さて、先制して相手を「うすらバカ」と宣言することで、以後の反論を無効化するというのは無敵論法だよ、ということを先制バリア論法 - プログラマーの脳みそで指摘した。もちろん、この指摘も「うすらバカ」のほざく毒にも薬にもならないこと、と一蹴することができる。

他人に自分の過ちを指摘されることは辛い。だからこそ、「君子豹変す」という言葉があるのだ。「過ちて改めざる、是を過ちという」という言葉があるのだ。過ちを認め訂正することが大切なことであることを説いている。

俺に意見を言う奴は、自分のことを頭がいいと思いこんでいるだけのうすらバカ!という思考法はとても甘美だと思う。自分を自分で肯定するための詭弁としてよく見かける手法でもある。この手の思考法に落ち着くと、自分の非を訂正することができなくなってしまう。

意見の対立があった場合、誤っているのはどちらか?

精神的に楽なのは、相手が誤っていて、自分は正しいとすることである。自分は正しいのだから、非はなく精神的に病む必要がない。

しかし、自分に非があっても悪いのは相手だと思うということをしてしまうと、自分の過ちに気がつくことができない。自分の過ちを見過ごしているうちは、当然ながら過ちを訂正することもできない。

かといって、では自分が悪いのではないかと延々と悩むのは、自分を成長させる可能性は持ちつつも、精神衛生上あまりよろしくない。よろしくはないのだが、未来を見た場合に、よりよい未来に辿り着ける道が開けている。

  • 自分が悪いと言うことは、自分が訂正さえすれば状況を改善できる
  • 相手が悪いと言うことは、自分の力では状況を改善できない


この苦しみをとるか、改善された未来をとるかという究極の二者択一*1を迫られる。あいつは「うすらバカ」でどうしようもなくて、だから状況は改善しない、というのは保身であると同時に改善された未来を失う選択肢である。


このような思考法でも「合点が行く」ことになる。誤っているのは「あいつはうすらバカ」とする部分なのだけど、そこさえ守れば鉄壁な思考法で、矛盾はない。

ルサンチマンエンディングの可能性

キング・オブ・うすらバカに自分が指名されたら個人的にはちょっと面白いな、と思っている。id:aurelianoのような注目株のブロガーが自分のような小物に躍起になることはないだろうとも思っているので、まさかそんなことはないだろうとも思って入るのだが…。

はてなブックマーク - いつか生け贄にされてしまう人 - ハックルベリーに会いに行く

を見ると、該当エントリは酷評されているわけなのだけど、そんなエントリをここにきて関連として挙げてくるあたりは一縷の期待が持てる。

優勝をもぎとれた暁にはblogタイトルを「うすらバカの脳みそ」に改定したいところだ。

*1:もちろん、1元評価で100:0にする必要はない。部分部分に区切って多元的にここはこっちが悪い、ここはあちらが悪いと細分化して考えるべきだ