「労働者」ではない労働者

 そういえば、派遣法の話をしていてピンと来たのだけど、派遣という存在は「労働者」ではない労働者を作るという目的で生まれてきたのだろうなと思うのだ。

 法で言う「労働者」というのは、制約が多すぎて凄くコストがかさむ。当然ながら労働契約も契約なわけで、双方に利益が上がるwin-winの状態で結ばないことには長期にわたって維持できない。労働者は法によって守られすぎているがゆえに、「雇ってください」の対価、つまるところ会社に対して相応の貢献をしなければ契約が成り立たない。

 別に特殊なスキルがあるでもなし、雇用者に対して雇うメリットは皆無なのに、高給で優遇してくれ、解雇するにも相応の理由が必要で無理に辞めさせるならカネを払え*1という条件で雇用契約してくれって言っても、雇う側からすれば「何を寝ぼけたことを」というのが率直な感想だろう。

 格差社会と言うのは「貢献できることの格差」が表面化した社会にすぎない。

 契約と言うのは「相手に対してより多くのメリットを与えられる側」が主導権を握るものだ。*2「労働者」は法で相応の待遇を得た。逆に相応のメリットを雇用者に提供しないと釣り合わない。待遇を削ることで契約をバランスする自由が「労働者」にはない。かといって法の規制を緩めるのは既得権にしがみつく層から反発される。そこで、「労働者」に代わる労働者、つまり「派遣」というものを創造した、というのが経団連のもくろみなんだろうと思う。

常用されないメリット

 派遣と言ってもIT系の技術型派遣のような派遣は好きで派遣でやってる人間と言うのが相応にいる。派遣と個人事業主と、処遇はそれほど変わらない。「労働者」のように仕事がない時期でも給料が保証されることはないが、会社命令なんてない。仕事を選ぶ自由がある。

 昔、登録型派遣でやっていた時期があるが、コレの良いところは無給休暇取り放題と言う点だ。常用型派遣は常用がゆえに派遣会社がそれをさせてくれない。一年間の12ヵ月のうち、自分は10ヵ月ぐらいしか働かない生活をしていたが、これは専門系の登録型派遣ならではの働き方と言える。なお、当時自分は20代前半だが月単価60万ぐらいで契約していたので10ヵ月働いて年収は600万ぐらいだった。*3

 個人事業主になって労働する場合も同じで、仕事をしたくなければ契約をしなければいい。自分の処遇を自分で決めると言う責任の代わりに、自分の労働スタイルを自分で決める自由を得る。

 しかし、こうした交渉は相手に対して相応のメリットを提供できるという技能があって初めて可能なわけで、「何のとりえもないですが、教えてもらえれば一生懸命働きます!」*4というような、取り柄がないので相手任せというのでは交渉のテーブルにつけない。「労働者」の権利というのはそういう人たちが不遇を囲わないように作られたものだろう。自立して交渉を行おうとしたらそれが足かせになることもある。

交渉のテーブルにつくには

 雇用者と労働者というのは交渉において対等ではなく労働者は搾取されがちだと嘆く人は多いかもしれないが、人材流動性の高い世界で高度技能をもった人間に関して言えばそんなことはないと思う。

 交渉なんてのは提示できるメリットの大きさ次第でパワーバランスが決まる。雇用者は労働者に対して金銭的な報酬ぐらいしかカードがない。あとは労働環境やらの数字化しにくい価値を提示することしかできない。カネでなんでも買えると考えるのは小学生までだよね、キャハハハハと言ったところで、実際のところは提示できるものが少ないだけに人材を欲しがっても手にできないのが雇用者なのだ。

 特殊技能を持つ労働者はその技能を持って交渉のテーブルにつける。私のこんな技能はあなたの会社にこれだけの利益をもたらすでしょう、というのが労働者の提示カード。あとはそれに対する社会的に妥当な相場を逸脱しない金額を提示すれば、交渉は比較的まとまりやすい。*5おたくがだめなら他に行くだけです、というカードがあることも重要。おたくしか雇ってくれそうなところはないんです、となればいくらでも値引きされてしまう。

 人材の流動性というのは、実力主義で職を奪い合うということにほかならない。こうした世界は能力さえ身につければなり上がれる夢と、地道に勉強して能力を身につけないと一発逆転はできないという絶望とをもたらす。「非技術者のための勉強会・情報交換コミュニティ」始めますみたいな話はそうした世界への第一歩だと思う。役不足*6と思う人はこれを歓迎するだろうし、甘い汁を吸っている無能者はこうした試みを否定しなくてはならない。*7

*1:解雇の理由も要件が厳しいし、「明日から来なくていい」は無理で、一か月前には解雇予告をしなければならないし、そうでなければその分の給料を払わなくてはならない。労働基準法って手厚いよね。http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/f2c53a4bbd1833f781c7a61741a47fb0で言われる「正社員の過剰保護」

*2:無能な側が契約で主導権を握るには脅迫しかない。金をくれないとミサイルを打ち込むぞみたいな感じ。相手にメリットを与えられないから、デメリットを与えるぞと脅して、「デメリットを与えないというメリット」を生み出すという手法。通常は報復として力で蹂躙される

*3:本当は経費やらを計上するから確定申告での名目的な収入は半分ぐらいに下がる

*4:新人の子のあいさつでこういうことをいう人がいるけど、僕はよい印象を持たない。労働を相手任せにしてしまうというのは、自発的な技能習得の意思が薄いように感じてしまうんだよね

*5:雇用者側に金額をごねられるのが普通だけど

*6:与えられた「役」が不足という本来の意味。俺の実力はこんなもんじゃないぜ!という野心家の人を指している

*7:甘い汁をすえていない無能者は、否定しても自分の地位向上は果たせないし、肯定したら勉強をしなくてはならなくなるしで困ることだろう。希望があるのは勉強して勝ち組に回るシナリオか