前回、思い出話として
を書いたのだが、その中でネットスラングの「マウンティング」について、初出が
であるということを書いた。この記事は 2008年9月20日で、以下の用例が見られる。
そんなテクニックはいかに相手のニホンザルを押さえ込んでマウンティングを成功させるかというテクニックでしかない。そんなことをやったところで疑問はなんら解決しないし、誤った意見をこうした手法で押し通しでもした日には、後で大きな惨劇が起こりかねない。勝った負けたなどと言っていても議論は進展しないのである。
これは明確なエビデンスで、この時点でこのような用例があった、というのはひとつの道標となる。
ここで、「筆者が発案したというのは本当か?」「より古い用例はないか?」という疑問が生じることだろう。では、そうした疑問が生じたときにどのように対処すればよいか。
書籍での用例
書籍では 瀧波ユカリ・犬山紙子(2014)『女は笑顔で殴りあう : マウンティング女子の実態』筑摩書房 が最古とされており、インターネット上のネットスラングが先行して用いられていることは既知の通りである。この書籍を筆者が読んで着想を得て2008年に上述の記述をするにはタイムマシンが必要になる。
簡易検索結果|「マウンティング」に一致する資料: 4件中1から3件目|国立国会図書館サーチ
国会図書館の検索では出版年別のカテゴリがあるので、古い時代の検索結果を確認していただきたい。上述の2008年のネットスラングより前に先行の用例があれば、それを見て剽窃したのだろうというシナリオもあるいは考えられることになる。
注意しなくてはならないのは、2008年より前に生物学的な「マウンティング」という用語が既にあったことは周知の事実であり前提である。なので、それを人と人との間の関係性として用いた用例を見出さなければならないという点である。
※注 追記参照。より古い用例の情報を頂いた。まさに「マウンティング」というテーマそのものについて記述した本というわけではないが、用例として利用がある本が見つかったというのは特記するべきことだろう。
プログラマーの脳みそでの用例
ブログ「プログラマーの脳みそ」では2008年9月20日の初出からその時期に集中的に利用が見られる。ここでは日付とタイトルのみを挙げる。
- 2008年9月20日
- 2008年9月22日
- 2008年9月23日
- 2008年9月25日 不良がいいことをすると凄くいい奴に見えるメソッド - プログラマーの脳みそ
- 2008年9月26日 人間考の難しさ - プログラマーの脳みそ
思いつきで単一使用したわけでなく、ここで考察がされ人間関係におけるマウンティングという概念を見出したことが伺える。
検索エンジンで古い用例を探す
例えばGoogleだと、「ツール」から検索対象となる年月日を指定することができる。
インターネット上の用例を探す場合はこの機能が便利だが、時折、新しい記事が古い時期の記事と誤認されることがある点に注意。該当サイトは実際に2006年に書かれたものではない。
技術的には、ページを表示しようとHTTPリクエストを送った際の応答にこのコンテンツは何月何日のものです、という日時が入っているのだが、Googleのロボットがサーバーに情報収集に赴いた時に変な値がかえるようになっていたのだと思われる。
ときどきこうした事例もあるので、検索でみつけた各ページを実際に確認して用例としても合致しているかを確認していく。
2010年以前の用例を探すと分かるが、犬のマウンティングや、猿のマウンティングについての用例ばかりで、現代のネットスラングの人が人に対して優位をアピールする行為を指して「マウンティング」を用いている例は見られない。先の2008年の用例ぐらいである。候補を見つけたらぜひブログを書くなりして発表して欲しい。(注:情報をいただいた。追記参照)
2008年以後、初期のネットスラングとしての「マウンティング」の用例としては、2011年7月5日の内田樹氏による 暴言と知性について - 内田樹の研究室 などが挙げられる。
今回彼が辞職することになったのは、政府と自治体の相互的な信頼関係を構築するための場で、彼が「マウンティング」にその有限な資源を優先的に割いたという政治判断の誤りによる。
こうした初期の用例は、ネットスラングとしての「マウンティング」の黎明期を捉える上では貴重な資料となるだろう。
格闘技用語について
現代ではネットスラングの「マウンティング」の類語として「マウントをとる」という言葉がある。こちらの用例はどうか。
格闘技用語としての「マウントをとる」についてはネット上での検索では用例を遡ることが案外難しく、国会図書館の検索ではなかなか用例を見出せない。
2002年の書籍で「マウントポジション」の用例があることはみつけることができた
中井祐樹柔術バイブル (クエスト): 2002|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
筆者の調べでは1995年のヒクソン・グレイシーの試合についての記述でマウントポジション、マウントという表現がある。この記述が当時近くに書かれたものなのか、後に書かれたものなのかは少し判別しにくい。
静寂なる戦い【中井祐樹vsヒクソン・グレイシー】 両者は何を想う!?
ちなみに日本のインターネットの普及は1995年末のWindows95発売からで、それ以前の時代のインターネットコンテンツはとても少ない。当時のコンテンツそのものではなくとも、ブログサービス移転などに伴い転記され残されているものである可能性もある。あるいは雑誌など紙媒体などに書かれたものがWeb公開されているようなケースもある。一概に言えないが、1995年当時に格闘技用語として「マウント」という概念があったことは筆者は疑っていない。エビデンスとしての傍証を出すのが難しいという話である。
うろ覚えではあるが、マウントポジションについては川原正敏(1987-1996)『修羅の門』で見た覚えがある。そのぐらいの時期には格闘技用語としての「マウントポジション」「マウントをとる」は認知されていたと言えるのではないか。
格闘技用語からの転用の可能性は?
さて、ここで重要なポイントとして格闘技用語では「マウントポジション」ないし「マウントをとる」といった表現である点。決して「マウンティング」という言い方ではないのだ。マウントポジションをとることを指して「マウンティング」と呼んでいる用例は少なくとも筆者が調査している間には見かけなかった。
ネットスラングの「マウンティング」の語源を格闘技用語の「マウント」とする説は、なぜ「マウント」ではなく「マウンティング」という表現で用いられるのか?という疑問に答えなくてはならない。
筆者の考えでは「マウンティング」という概念がスラングとして広まった際に、格闘技用語由来の「マウントポジション」や「マウントをとる」という表現と混用されるようになったのだとみている。初出の用例は明らかにニホンザルのマウンティングと表現されており、生物学的な用語としての「マウンティング」が由来であることは明らかである。
なんせ、「マウンティング」も格闘技用語の「マウント」も、語源としては当然に英語のmountが由来なのであるから、語形が似ているのも当然だし、混同されやすいのも当然であろう。どちらも上に乗るニュアンスの言葉である。
説を否定するには
以上が筆者の考察結果なのだが、異論がある人もいよう。
古い時代に用例が「ない」ことを証明することは難しく「まだ見つかっていないだけ」の可能性は否定できない。「マウンティング」の発案者がなんらかの既存の表現を剽窃したとするのであれば、その元になったであろう候補を提示しなければ始まらない。
それがみつからないことには、その初出を書いた人が発案者であろうとするのが自然な推定であろう。また、より古い用例が見つかったとして、剽窃があったのか、それぞれ独立に生じた表現なのかは検討が必要である。いずれも、より古い用例を挙げなければいけない。
例えば、2008年以前の「マウンティング」の用例を見つけ出すとか、あるいは2008年以前に格闘技用語の「マウントをとる」という表現を、対人関係で優位をアピールする意味で用いている用例を見つけ出すとか。(注:追記参照。古い用例が見つかった)
ここまで「マウンティング」の発案者は~と、さも他人事のように書いてきたが、当事者主観の証言をするならば、まさにニホンザルのマウンティングに着想してそれを人間関係に転用したものであり、既存の用例を剽窃したものではない。
まあ、私見を言えば独立に誰かがそのような表現を産みだしていても不思議はないと思っている。その時は先行事例こそが初出ということになり、当用例はあくまでも2008年時点でのいち用例という扱いになることだろう。(注:追記参照。古い用例があったようだ)
追記
元記事側ではてブで情報を頂いた
素晴らしい。古い用例を見事に見つけ出して頂いている。
いずれも未読の書である。独立に生じてなんら不思議のない用法であるから、そういう先行事例は筆者が見つけれられていないだけでありそうだなーと思っていた。謎がひとつとけて嬉しい。
筆者の用例はせいぜい「はてなダイアリーでの初出」とかそんなもんだろう。自分が考え付く程度のことは他の誰かも考え付くだろうということの証左になった。
話を少しでも盛るとこんなもんであるし、こうした新情報が得られたときに大事なのは、訂正することである。
諸君 - Google ブックス
1996年
「政界サル山の権力争奪戦で、小沢にマウンティングされた過去があるからだ。」
2005年
「小山の大将やボス猿になりたがるやつっているよね。
(中略)
サルと仕事をするかしないかは
マウンティングの例を書き込んでくれれば
あとは読んだ側が判断すればいいと思う。」
このあたりの用例はまさに猿のマウンティングの比喩であるとみて間違いないだろう。