IT業界で不足している人材とは

プログラミングハイウェイ - プログラマーの脳みそへの食いつきのよさを見るに、IT業界の働き方に関する話題というのは相当に関心が深いことなのだろう。

ブクマコメントもざっと眺めてみたが、やはり「プログラマ」という言葉の定義の曖昧さが議論を空回りさせている部分が大きいように思う。*1とくにSIerの言うPGというのは名称こそプログラマのそれであるけども、そのSIerにおけるキャリアプランでの下層の役職になり下がっている。本稿ではSIer用語のそれはPGと表記する。

役職としてのPGは、所詮はその会社がそう定めた、という以上の意味はない。たとえば、ある会社が使いっぱしりに「国会議員」という役職名を与えたなら、その用語の通用する範囲では「国会議員」というのは蔑まれる役職となるだろう。*2

かくして、プログラマはその名を汚された。*3本来のプログラマというのが真に技能を誇る専門職だったものが、もはやプログラマ=IT土方と認識する人も多くなってしまった。

プログラマはその復権のために二通りの対処を試みた。

  1. 本来のプログラマの仕事を別の名称にし、そちらに乗り換える → アーキテクト
  2. SIerキャリアプランにすぎないPGを別の名称にし分離し、プログラマの浄化を図る → コーダ、IT土方*4

また、SIer的なキャリアプランではPGの上位職としてSE(システム・エンジニア)というのがあるが、実態は仕様策定の雑務係であり、アーキテクトの使いっぱしりにすぎない。*5

私もできることなら「プログラマ」という語を本来の誇らしい意味で用いたいわけだが、PGと混同した人となんの身にもならない対話をさけるため、「アーキテクト」と表記して以下の議論をすすめよう。

プロジェクトに最低一人はアーキテクトが欲しい

IT人材育成 iPedia:IPA 独立行政法人 情報処理推進機構によれば国内のSE/PGの人口は約85万人ということになる。*6 *7

さてプロジェクトを起こすならば、プロジェクトに最低でも一人、アーキテクト、つまるところシステム全体を設計できる人材が欲しい。建物の設計を建築士が行うように、システムの設計をアーキテクトがやる。顧客、つまるところ情報産業に発注する側の立場ではそれが当然だと思うだろう。

実態は、そんな人材はいないので、見よう見まねでSIerのプログラミングもろくにできないSEが設計した耐震偽装物件以下のようなシステムが粗製乱造されている。システムの開発には億単位のカネ*8が動く業界でそれはあんまりじゃないか。

そんな金額を投じて、出来あがったシステムが使い物にならなかったという例もある。例えば東京ガスの事例とかそうだ。スラッシュドットとか眺めると生々しい話がいろいろ書かれている。開発コストが当初見積もりの倍の60億に膨れ上がり、しかも完成しないで破棄というのだから、どんだけ杜撰なんだと思うことだろう。

しかし、アーキテクト不在のプロジェクトというのは大抵こうしたものである。SIerの言うPGやらSEやらを集めただけだとプロジェクトの末路はこんなもの。

そんなわけで、プロジェクトに最低でも一人はアーキテクトは欲しい。欲を言えば10人規模にひとりぐらいの割合で欲しい。妥協して20人にひとりぐらいか。だとしたら、85万人の約5%ぐらいの4万人をアーキテクトレベルに引き上げる必要がある。しかし、現時点では経験則的にSI業界でのアーキテクト相当の人材は1%程度に感じる。*9

SIerはある意味プログラミングレスを実現しているのか

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というのは、正しい。というか、SIerのSEとかは技術者と言うよりも生産ラインの班長やら工場長やらそういう立場だ。だから、ラインに合わない製品をSIerに要求してもうまく対応してくれない。そういう能力を持つアーキテクトがいない。いや、中にはいるだろうが、アーキテクトとしての地位を確立して認められているわけではないので顧客から見ればいないも同然。

プログラミングハイウェイはロースクールのようなイメージ

前回では翻訳/執筆に比喩したが、はてブで「卓越したプログラマになるために大学でプログラミング学ぶというのは違和感ありまくり。小説家になるために文学部に行くか?」という指摘があった。

しかし、実務を学ぶための高等教育機関と言うのはそれはそれで需要がある。近年だとロースクールがそうだ。アカデミックな学者を育てるというよりも、法律にまつわる実務家を育てる高等教育機関である。

また、他に医学部なども学術よりは実務だろう。小説家になるために文学部に行くということは確かにないかもしれないが、逆にいえば、小説家を安定供給できる機関はないことを意味する。小説家は人口比での需要で考えた時に不足しているわけでもなさそうなので、安定供給する機関の必要性は叫ばれないことだろう。漫画家なんかもそうで、むしろ供給過剰なんじゃないか?現状では自然発生する天然作家を漁るだけで需要がまかなえているように思う。*10

では、プログラマ/アーキテクトはどうか。

産業的な需要が非常に高いにもかかわらず、供給は偶発的に生まれるギークを待つばかりという状況だ。天然もののギークに比べて多少質が落ちでも構わない。安定供給できる養殖ギークが求められているのだ。

先に国勢調査によるとSE/PGは85万人だと述べた。その5%にアーキテクトになってもらいたい。仮にアーキテクトの「現役」が25〜45歳ぐらいの20年だとしたら、正味年間2000人程度の供給が必要だ。これを自然発生する天然ギークに頼るというのは無理と言うものだろう。

ロースクールと比較してみよう。

現状の人員数を見ると

2006年の統計によれば、裁判官は3,341名(うち簡易裁判所判事806名)、検察官は2,490名(うち副検事899名)、弁護士は25,114名。

法曹 - Wikipedia

全体で3万人余りである。

法務省で合格者推移をみると旧司法試験では年間1000人程度を供給している。3万人が30年の現役期間で働くことを維持するのに年間1000人の供給というわけだ。なお新司法試験合格者数は、2010年頃に3,000人とすることが予定されているそうだ。

このように比較してみると、年間2000人の人材供給というのが、どれほど大がかりなことか分かってもらえると思う。これを技術者コミュニティのボランティアによって成し遂げようという無謀とも思える計画がプログラミングハイウェイの建築計画なのである。

*1:PG/SE論争なんてくだらないものが延々と繰り返されることからみても役をなさないバズワードであることがうかがえる。

*2:現実の国会議員が立派かどうかは読者の判断に任せる :-P

*3:ハッカーという用語の汚染も苦々しく思っている

*4:こちらの方策はあまり成功していないように思う

*5:SIerの言うSEなんてその程度のものだ。仕様書を清書したりとかいう技術を要さない面倒な仕事は全部SEにでもやらせておけばよい

*6:国勢調査のSE77万、PG7万というのは苦笑せざるを得ない。これはSIer的役職で多くがSEだと自称していることがうかがえる。SIerがどれだけプログラマの名を汚したことかを表していると言えよう。この調査を実施する側ではSEとPGをどのように区分けしようとしたのだろうか?そしてこの調査を受けた側はどのように判断してSE/PGと書いただろうか?

*7:SE77万人に比べて、本来の意味でのプログラマはわずか7万人、10%程度しかいない専門技能職なんだよ!ΩΩ Ω<な、なんだってー!

*8:10人で1年間かけて作る比較的小規模なシステムで1億になる。数十億とか数百億とかいうプロジェクトも当たり前に存在する

*9:確かな数字はない。関わったプロジェクトの規模でのアーキテクト比率や、関わった会社の社員数対アーキテクト比率を勘案した感じとして。

*10:それでも漁場の確保は必要だろうし、漁場としてコミックマーケットなどがあるわけだろう