pixivと仕事の値崩れと - プログラマーの脳みそは「絵を描く」という仕事の値崩れとそれを防ぐにはという話題だった。僕はプログラマなので、当然ながらプログラマの仕事の値崩れについて考えを巡らせる。
需要と供給
プログラマというのは人材不足だ。そして頭数は余っている。どういう事かといえば、プログラマの質というのは総じて低いのだ。
SI業界(注文に応じてシステムをフルオーダーで開発する業態)では、「プログラマ≒プログラムを書く人」「SE = システムエンジニア ≒ お客さんの要望を取りまとめる人」ってカテゴライズがされてて、プログラマ < SE という扱いになっていることが多い。
SI業界で必要とされるプログラミング技能は総じて低い。というか、業務用のプログラムってのはその8割はたいした技能が必要ないプログラムで出来ているといっていい。人手がかかり面倒くさい作業を人海戦術でこなしている、というわけだ。
だもんだから、プログラムなんて誰でも書ける、海外にオフショアとかやって安い労働力にやらせようぜ、みたいなことを考える経営者が相当に出てくるのも分からなくはない。
プログラマもシステムエンジニアも、その需要は頭数で数えられてしまう。だからSI業界はプログラマという職種に不当に低い評価を与えてしまった。SI業界的に言う「プログラマ」は供給過剰なのだ。だから値段が下がってくる。
残りの2割
意外と地味で簡単で単純でつまらない作業が多くを占めるシステム開発なのだが、残りの2割が技術を要するところになる。そして、この部分の技術力ってのが、全体を支えることになる。
そして、このコアな部分を作るには技術力のあるプログラマが必要となる。こうしたプログラマというのは供給が追いついていない。需給が崩れているんだ。
ところが、だ。SI業界では「プログラマ」には一律の安い給料しか払わない事になっていて、こういう仕事をやれる人を高給で雇ってくる商習慣がない。つまるところ、「プログラマ」はなんでもかんでも頭数以上の価値はないと思われている。
腕の良いプログラマが欲しいとどこの現場でも考えているし、その価値もみな認めているだろうが、しかし、そこに金を払う習慣がない。嘆かわしいことである。
気鋭の若手が、実績作りのために価格を値引きしてそうした仕事をやっているというのが実情だ。
質と量の見える化
プログラマの値崩れは、SI業界の言う、頭数いくらで取引される粗製プログラマの需給のバランスにより引き起こされる。そして高級プログラマは粗製プログラマと同等の頭数でひとりと数えられてしまうことと躍起になって戦って高給な契約を勝ち取ろうとしている。
このあたり、結局のところ仕事の質というものが非情に見えにくく、計測しにくいことが一因と言える。そもそも「質」なんて簡単に言っちゃってるけど、TDDはテスタビリティの保証をしてくれるのかも - プログラマーの脳みそで紹介したように12もの品質属性があり、相互作用を及ぼす。
絵のような芸術作品の類は見る人がダイレクトに良し悪しを感じれるものだけど、プログラムは一個の完成体としてならともかく、SI業界で作られるような部品としてのプログラムの評価を個々人が容易に判断出来るわけじゃない。プログラムに限らず、素材の類はみんなそうなのだろうけどね。
いわゆるコンサルティング会社なら高級プログラマを派遣してくれるかというと、高いカネでろくでもないのが送り込まれてきたりすることもあるので侮れない。
プログラムの質と量を定量的に計測すること(ソフトウェアメトリクスとも呼ばれる)は業界の悲願とも言える。もっとも、質と量が正しく計測されると奴隷商人的な人材派遣会社とかは困るのかもしれないが :-P