ゲームの歴史とハックルさんとの思い出

思い出話。今回はポエムと思って気楽に読んで欲しい。

 

 インターネットの世界には情報が溢れかえっていて、やれ、なんやらが炎上しただのそんなニュースもありふれていて特に興味もわかない。ふーん、ゲームの歴史について書いた本が噓八百で炎上してんのか、まあ適当なことを書きならべる人がトンデモ本を書きましたなんてのは昔から枚挙に暇がない話だ。

 

 その程度に思っていたのだけども、先日ようやくそのゲームの歴史なる本を書いた人が岩崎夏海氏であったことを認識した。

僕の古い古い記憶が、この人物を知っているぞ、と呼び掛けてきた。そう、あれは2008年のことだった。今から15年も前のことになるのか。

 

 岩崎氏ははてなダイアリーはてなブログの前身となるブログサービス)ではちょっとした有名人だった。彼はそのblogのタイトルから、ハックルさんと呼ばれていた。よく炎上していた人だったと記憶している。というのも、ハックル氏のblogははてなから消えてしまっていて、過去の経緯をエビデンスをもって示すことが困難になってしまっているからである。その後、ニコニコ公式ブロマガに移って、その際に過去のたくさんの名文を削除してしまった。

 

 いやいや、ハックル氏にとってはエビデンスベースドでどうであったかなんてことを言おうなどというのは失礼か。そんなのはAIがすればよろしい。

 

 歴史書としては偽書の謗りも免れない話だが「ゲームの歴史」という本では、実在人物が言ってもないことを言ったことにされたりしていたようだ。これこそエビデンスベースドの話が面白いエンタメになるわけではないという放送作家の感性なのだろう。そう、岩崎夏海氏は放送作家らしいのである。2008年当時の僕はそのようには認識していなかったけれども。

 

 2008年当時、彼はミリオンセラー作家というわけでもなく、僕にしてみればよく炎上するブロガーという認識だった。炎上でもなんでも話題になれば露出が増えるもので、はてなダイアリーはてなブックマークをよく使っていた僕は度々彼を、彼の書いたblogを目にすることがあった。僕と彼はその程度の関係でしかなかった。

 

 15年前のその日、僕はblogを書いていた。

 

nagise.hatenablog.jp

 

 《「意見が違うということ」=「喧嘩」という捕らえ方をされた》という話から、議論のあり方とは……といった内容に切り込んでいく。そこで僕はなんのけなしに悪い例として彼のblogを引用したのだった

 

どちらが勝ったか負けたかということを意識しているのだとしたら、それは議論ではない。だが、世間的には「言い合い」はみんな議論だと思っているふしがある。最近見かけたblogから例を挙げよう。

例えば議論に勝つための初歩的なテクニックというのがある。それは相手のプライドを刺激することだ。人間誰しも矜持というものがある。例えばぼくなら「面白い」ということについては一家言ある。あるいは「言葉」についても並々ならぬこだわりがあったりする。そういうぼくに向かって、「おまえの言ってることは正しいかも知れないけど面白くないよね」とか、「言わんとしていることは分からなくもないけど言葉の使い方を間違ってるから分かりにくいんだ」とか言うともうとたんにカーッとくる。それでペースを乱されて以降の物言いがはちゃめちゃになって結局議論に負けるというのもある。

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20080919/1221753236

そんなテクニックはいかに相手のニホンザルを押さえ込んでマウンティングを成功させるかというテクニックでしかない。そんなことをやったところで疑問はなんら解決しないし、誤った意見をこうした手法で押し通しでもした日には、後で大きな惨劇が起こりかねない。勝った負けたなどと言っていても議論は進展しないのである。

 

 議論に勝つテクニックだって?そもそも議論を勝ち負けだと思ってるのかこの人は。そして挙げているテクニックがまた酷い。相手がカーッとなって物言いがはちゃめちゃになって自滅するだって?まさにダメな議論の好例みたいな文章だ!と僕は嬉々として引用した。はてなダイアリーというのはトラックバックという機能があって、平たく言えば引用をすると相手に通知が行く機能と思えば分かりやすいだろうか。

 

 僕のblogに引用されたことはトラックバックによって氏の知るところになったのだろう。氏の反応は素早かった。僕がblogを書いた9月20日その日のうちにアンサーエントリが書かれたのだった。(当時のはてなダイアリーが残っていないのでweb archiveを載せておく)

 

web.archive.org

 

 氏によれば、僕は、《噛ませ犬のように誰かを引き立たせるために、あるいは闘牛のように誰かに屠られるためだけに生まれてきた者》なのだそうだ。

 

自重した方が良い。本当に自重した方が。ここは誰が見ているかも分からないインターネットなのだ。id:Nagiseがこれまで浸かってきた生ぬるいサークル内での議論ごっこではないのである。

(中略)

ぼくには見える。id:Nagiseが会社の中で、あるいはそれ以外のコミュニティでも、良いようにこき使われているのを。そうして、もう使い物にならなくなった時には、ボロ雑巾のようにポイとお払い箱にされてしまうだろうことを。

しかしそれでも良いのかも知れない。身も蓋もないが、人間社会には、そうした生け贄が必要なのだ。

 

 このエントリは名文だと僕は思う。この文章はなかなかAIでは書けない、魂の叫びのような文章だ。

 

この人は議論というものを無闇に信用し過ぎている。疑うことを知らないのだ。

なぜ疑うことを知らないか?

それは、自分で考えることを放棄しているからだ。楽をしようとしているのである。「議論」というものの存在価値を無闇に信奉し、そこに寄っかかることで楽をしようとしているのだ。「自分で考える」「責任を持つ」ということから逃げているのである。

 

 議論を信用するからには一般論として当然自ら議論をすることを前提としていることだろう。自ら議論に身を投じることを《疑うことを知らない》《自分で考えることを放棄》《「自分で考える」「責任を持つ」ということから逃げている》と断じるこの論理展開!凄い!

 

 何が彼にこのような支離滅裂な理屈を書かせるに至ったのだろう?当時の僕は気付かなかったけども、ハックル氏によって未来を予言するように書かれていた。

 

例えば議論に勝つための初歩的なテクニックというのがある。それは相手のプライドを刺激することだ

(中略)

もうとたんにカーッとくる。それでペースを乱されて以降の物言いがはちゃめちゃになって結局議論に負ける

 

なるほど、プライドが刺激されてカーッときてはちゃめちゃな物言いになったということか。ともあれ、氏のこのアンサーエントリでは結局そもそもの議題であるところの「議論の意義」はなんら進展しなかった。まさに僕が述べたように

 

そんなことをやったところで疑問はなんら解決しないし、誤った意見をこうした手法で押し通しでもした日には、後で大きな惨劇が起こりかねない。勝った負けたなどと言っていても議論は進展しないのである。

 

嘆かわしいばかりである。

 

 僕とハックル氏の邂逅は衝撃的なものだった。この邂逅の後、ハックル氏は2009年に「もしドラ」(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら)をヒットさせ有名作家となる。一方の僕は、この邂逅が大ヒットネットスラングを産むことになるとは想像だにしていなかった。

 

 僕はハックル氏のテクニックとやらを

 

そんなテクニックはいかに相手のニホンザルを押さえ込んでマウンティングを成功させるかというテクニックでしかない。

 

と評した。改めて言うが2008年のことである。僕は「マウンティング」というネットスラングの提唱をしたと自負しているが、今の今までそのスラングの産まれた瞬間のことをすっかり忘れていた。

 僕が勝った負けたに終始して議論のできない人をニホンザルのマウンティングに例えて評したのは、その対象の第一号は、ハックル氏だったのか!ハックル氏こそ、日本で初めてその行動をマウンティングと評された人物だったのである!!

 

 翌9月21日、僕はblogを書いた。このハックル氏とのやり取りが僕にインスピレーションを与えてくれた。ホモサピエンスニホンザルのようにマウンティングをする本能を生来、持っているんじゃないだろうか?(これを厳密に科学の俎上で論じるのは難しい。与太話程度に思っていただければ)

 

nagise.hatenablog.jp

 

 議論をしようとしたときに勝ち負けにこだわってしまうこの行為に名前を与えた僕は、それ以来、「マウンティングしてはならない」を議論する際の戒めとした。議論は議題を進展させたいからするのであって、マウンティングのためにやるんじゃないんだよ、そういう思想に行き着いたのだった。

 

 このマウンティングというネットスラングはその後、2014年発行された瀧波ユカリ、犬山紙子著『女は笑顔で殴りあう:マウンティング女子の実態』

https://www.amazon.co.jp/dp/4480815198 によって広く周知された。今では辞書に載るほどである。

 

2023年3月18日追記

 「マウンティング」の初出という話が気になる方が多いようだ。どのような調査をして検証すれば良いのかを記事にしたので、気になる方は検証に参加してみてもらいたい。

nagise.hatenablog.jp