pixivと仕事の値崩れと

 pixivで安価なイラスト依頼が横行しているみたいな話題があって、業界の人らは怒り心頭の様子。

仕事の値段

 僕もクリエイターの端くれだから、クリエイティブな仕事を安く買い叩かれることについてはNOを言うわけだけども、そうした立場的な意見や感情的な意見はおいておこう。じゃないと問題を見誤るからね。

 仕事の値段は仕事の質で決まる、と思っていた時代が僕にもありました。質さえ良ければ自動的に値段が上がるってわけじゃないんだよね。社会に出て給料ってなかなか上がらないなぁと実感すると仕事の値段ってなんだろうねと考えてしまうわけだ。

 仕事の値段というのは契約で決まる。よい契約を勝ち取るには仕事の質を提示して、ほら、僕は良い仕事するでしょう?もっと出しても割に合うでしょ、じゃなきゃ余所にいっちゃうよ、みたいな交渉が必要なんだ。その交渉の武器としてはやっぱり仕事の質は必要なんだけど、交渉して契約を更新しないと仕事の値段ってのは上がらないものなんだよね。

 さて絵を描いて売る仕事の話だった。例え、1日がかり8時間で描いた絵だとしても「1000円で売る」という契約をしたならば、その仕事は1000円だ。時給に換算したらわずかに125円。それじゃあんまりだ、最低賃金以下じゃないか、と700円*1×8時間=5600円を提示したとしても、もしも誰も買いとってくれないなら契約不成立で0円になってしまう。

 モノを作って売る商売というのは、そもそも売買が成立しないと話にならない。アルバイトでもサラリーマンでも労働時間を売る契約が広く行われているが、根本的にルールが違う。これがクリエイター業の大変さだ。

オーダーメイド品は高い

 普段なにげなく見ているイラストも、1日がかりで描かれるなら最低賃金換算だとしても5000円以上する計算になる。消費者側の感性でいけば、この値段ですら随分と高いものに思えるんじゃないかな。

 人を雇って何かをしてもらうというのは高い。専用にしつらえてもらうなら、その単一の顧客から制作費全てをまかなえなきゃいけないわけだから、とても高くなる。

 同じ絵をコピーで量産して大量にばら撒くなら1枚あたりの値段は安くても済むわけだけど、今はそのための原版の売買の話だ。普通は原版を複数の顧客に売ることはできないだろう。

値引きに応じる理由

 仕事の報酬は金銭のみによらない。若く実績がない人にしてみれば、大手企業に採用されたなどの「実績」は金を出してでも買いたいほどのものだ。*2

 だから、仕事の請負額が赤字だとしても、それでもやりたいというシチュエーションはある。ただし、これは売り手側が将来のためと投資するようなものだから、常時その値段で請け負えるわけじゃない。初回限定特価みたいな感じだね。

金なんていらないという人達

 それを生業として生活しようと言うなら、下手な値引きはできないのだけど、趣味でやっていて値段なんてつかなくても構わないと思っている人にとっては、それこそ1000円でも2000円でも、売れたらラッキーぐらいのものだ。

 フリーマーケットに出回る商品の値段もあってないようなもの。あちこちからこれはと思う商品を探し出してきて陳列している雑貨屋さんの店頭の値段と、フリーマーケットでの値段というのは比較にならない。生業として売るのでなければ、捨て値で売ったところで破綻はしない。

ネットがひきあわせたもの

 例えばイラストが描ける先生がいて学校の配布物のプリントにちょっとしたイラストを描くであるとか、学生が学校のパンフレットのイラストを描くであるとか、そういった「素人にイラストを依頼する」というシチュエーションはいままでもあった。しかし、それはローカルな人づての依頼にとどまっていたわけだ。

 インターネットはその人づてというものを物理空間という束縛から解放したし、pixivのようなサイトがサーチビリティを飛躍的に向上させたという側面がある。これが大きな前提条件の変更なんだ。

需給のバランス

 日本人は子供の頃から漫画に親しんでいるせいか、絵を描ける人が多いのではないか。コミックマーケットの賑わいを見ても、プロの手前のアマチュア層の厚みが伺えよう。

 つまり、絵描きが供給過剰なのだ。

 そして、その多量の人達が、実績欲しさに値引きをする、あるいは生業とする気がなく安売りする、ということが広く行われる。ピラミッド構造だろうから名の売れていない人の方が相当数いるわけだよね。こうした人達でも実力でみれば需要を満たせるレベル*3に達しているのだから、買い手も求める質のものが安く買えるのだからそれでよいと考えてしまうだろう*4

価格の維持のためには

 買い手が、大量の素人とのマッチメイクが可能になったことが、価格崩壊を生んでいるなら、対策として何をしたらよいのだろう?

 買い手が安い金額で買いたいのは当然*5として、安い金額でも売りたい人もいる。売り手もそれでよいと思って売買契約を結んでいるのだとすれば、「クリエイターを尊重しろ、値段を上げろ!」と叫んだところで問題解決にはならないだろう。個々人の自由意志での売買にはなんらの拘束力を持たないし、直接的に利益になるでもないからだ。

 拘束力となれば、法律。もし法律でルール変更するのだとしたら、どんな法律が考えうるか。

 シンプルな案としては免許を持っている人としか取引しちゃいけません、という方式。どんなに絵が上手くても素人との売買契約はNG、この仕事で食っていく覚悟のある奴だけが免許を取得しろ!

 ただ、医者や建築士のような職業と違って、一定の技能がないと人が死ぬみたいな切迫感がない業種であるから、医師免許のようなイメージというよりは漁業権みたいなシロモノになってしまうのかも。

 この案がよいかはさておき、前提条件の変化に基づき価格が下がっているのだとしたら、それを変えるにもまた、前提条件の変更が必要なのだ、というのがこの稿での主張。

まとめ

 前提条件の変化により、構造的な値崩れが起きている。これに対抗する手段として「意識改革」は弱すぎる。ゲーム理論的に個々のステークスホルダーが自分の利益を最大化しようと行動しての結果なのであるから、「前提条件」にさらなる変更を加えるしか抜本的な対策とはならないのではないか。

 そしてその「前提条件」の修正方法としては法的な制約を課すのが一般的な手法で、例えば漁業権のように排他的に操業する免許制とかが考えうる。もちろん、この案を僕はいい案とは思っていないが、もし「絵の値崩れを防ぎたい」というならば、そういうアプローチで考えないと問題解決にはならないのではないか。

感想

 個人的な見解は、クリエイターの生活を守るためにクリエイターになることにハードルを設けることは、逆に間口を狭めることになりかねず、安易に免許制だ!とは言い難い。

 近年のpixivやニコニコ動画などの盛り上がりというのは、商売抜きに個々人が「面白いものを作りたい」という欲求をぶつける場を提供したことにあると思っていて、それは新規のクリエイターの芽が生え伸びる場でもあり、反面、すでにクリエイターとして生活を営んでいる者を脅かす場でもあるわけだ。

 この二律背反性がとても悩ましい。

 ちょっと話はずれるけど、全てのクリエイターの仕事ぶりに追加報酬、つまるところ投げ銭を容易に行えるような時代がくるといいなあと考えてる。原版売切ってんじゃなんだか報われないじゃないか。

*1:最低賃金は地域で違う

*2:あるいはその仕事で身につくスキルとかが金銭外の報酬たりうる

*3:絵の場合は単純に巧緻であればいいというものでもないのだけど

*4:ゲーム理論的に妥当な戦略ではなかろうか

*5:ピカソの絵みたいなものとなれば「高い値段で買った」ことに意義があるような世界だが、そんなのは特殊な例